那珂湊市発行「那珂湊の地名」の記述より

 高台に海に向かって建つ。
 「金刀比羅」、「金比羅」、「琴比羅」とも書く。祭神大物主命れ、創立年代不詳。祭日、旧三月十日、六月十日、十月十日。 境内に「金比羅神社修繕寄付連名」、「社地購入修復費寄付芳名」の碑〈昭和五十四年〉、「小神野治行翁歌碑」あり
 松の老大樹が往昔表参道階段下に繁っていたという。


 琴平神社北東部高台の市有地に「石尊供養塔」が建つ。
 享和二年〈1802〉十月建立、当時村人は富士登山の替りに、ここへ登ったという。

<補足>
 江戸時代、村人が村から離れる事は厳しく規制され、実際には金銭的にも遠出は出来なかった。
 一生に一度、お伊勢さん参り(伊勢神宮)が出来れば良かった方だ。
 その解決策として代替できる施設を身近に造った。
 それが村松大神宮(伊勢神宮)や富士山信仰の出来る場所だった。



昭和9年発行書籍「水戸烈公の国防と反射炉」より
「那珂湊の地名」に記述された松の老大樹とは上の画像の左手の松を指すと思われる。
ちなみに、中央部の火の見櫓は当時の平磯町役場脇にあり、現在の学習センターにあたる。
 
<管理人のコメント〉
 
今回のホームページの撮影のために久方ぶりに当神社を尋ねたが、まったく人影が無くさびしく感じたが、境内に真新しい箒の掃き痕があり、今でも立派に管理されている事を知った。
 また、およそ35年ぶりくらいにお田植えを尋ねたが夜店が立ち並び子供らが喜々と遊びその姿は昔日の神社の姿を髣髴するものであった。


琴平神社 金比羅、金刀比羅、琴比羅神社
創建 不詳
祭神 大物主命おおものぬしのみこと/別名大黒様
祭祀 例祭;旧6月10日
神徳 航海・縁結び・病気除
特記 言い伝えによると海上に光りを放つ神があり、これを琴平大明神として奉斎したとある。
琴平神社は船乗りの守護神社として全国で振興されており、漁業の盛んであった平磯町の中心部に建立されたのも、その所以である。