那珂湊市発行「那珂湊の地名」の記述より
 県道水戸・那珂湊線の北側、平磯町との境に「沢めき稲荷」がある。
 祭神は倉稲魂命、創立は文化三年以前、祭日は二月初午、六月十二日お田植、十一月十五日例祭。
 石垣は明治四一年、昭和十一年修築。昭和10年「稲荷神社」標識、大正十五年鳥居のほか、境内に万延元年、昭和十二年、同十八年「御神灯」、昭和十一年狛犬一対、昭和二十一年同二十七年「狐」一対、大正十二年平磯人力車組合「足尾神社日拝啓神講」碑などがある。
 「那珂港名所図会」によれば「沢メキ稲荷祠 平磯村の境ナリ。下ヲ流ルル小溝ニ架ス 石橋(ヲ)村之境トス。此下流ハ平磯村持 烏ヶ台用水ヨリ落ル。 水車三ヵ所有。平磯持ナリ。稲荷ノ前東側ニ水車1ヶ所、当村(湊村)持、益金納ル、三月浮役金ノ節ナリ。」とある。

 
 
  
上の絵葉書は大正時代のもので人力車のいる地点に橋が架かっており平磯と湊町(那珂湊)の境界であった。
  
  私の子供の頃にはこの場所に昭和二年七月に作られたコンクリート製の橋の欄干が残っていて
  その欄干には「さかいばし」とひらがなで刻まれていて、細かい支柱にも寄進者の名が刻まれていたが、
  絵葉書の時代の橋の欄干には「観涛橋」と刻まれていたようだ。

  昭和九年頃の海岸工事の後には橋の欄干は海側がなくなっていて、
  変わりに道路の海側には直径1mほどのコンクリートのブロックが6.7個並んでいた。
  その湊側のところから海岸に下りる道があったが
  上の絵葉書の中央の掘立小屋のある位置になるようだ。
  また、坂の中腹にある建物の位置に現在はポンプ施設の建物が建てられている。
 
 「三浜誌」には沢メキ稲荷神社に近い海岸台地上に焚き火をもって夜間入船の信号とした灯台が大正中頃まであり、

 「灯台ハ ザワメキ稲荷ノ垣外乃ハチ湊地ニ設ケタリ。本町ノ西南端ノ居民、該稲荷ノ歓化ヲ ナセシ余金ヲ以テ建設セシト云フ。因テ建設ヨリ以来十余年間、其居民ニテ毎夜点火シ来リシカ、本年ヨリ漁業事務所ニテ負担スル事ナル可シト云フ。」と記す。
 
 
    灯台跡の石垣

 
ひたちなか市内の神社の詳細の記載のあるHP「ひろ爺の隠居小屋」の記載より
 沢メキ稲荷神社は、その沢メキに建設されたが現在は殿山町に移されている。茨城県神社誌によると酒列磯前神社磯前大宮司文書に、文化3年以降奉仕の記録があり、それ以前の創建が確認されている。また古老の口碑に「往古社域付近は人家少なく、平磯那珂湊の来往に怪獣の横行しきりで災難がしばしばあったので、守護のため奉斎した。」と書かれている。以来神徳顕著で、交通安全・海陸産業守護神として崇敬されている。
  
<管理人のコメント〉
 沢メキ稲荷には私も思いいれがあり、其の上、平磯を語る上でも重要と思えましたので、このページはとても長文になってしまいました。
 「ザワザワ川」は私の子供の頃にはその水量も僅かしかなかったが、「ザワメキ」、「ドウメキ」と地名を残すほどなので、水量の多い川だったことが推測できる。その水源は「昔の池」だけではなく、平磯ケ原と呼ばれた畑地(鶴代)、(道メキ)などが森林や草原であった頃、そこから流れ出る雨水が一箇所に集まったものなので、相当の水量だっただろう。
 その貴重なザワザワ川を神と崇めたのが(ザァーメキさま)であり、別に稲荷神社である必要も無かったと思われる。

 この神社は元来十mほど平磯側にあり、丁度隣り合わせた横断歩道の中ほどに鎮座していた。
 横断歩道中央にあるマンホールが「ザワザワ川」の名残である。
 昭和五十年代に水産加工団地が開発され、その平磯側の道路の拡張の為に移転を余儀なくされた。
 殿山の坂の麓にあったので、現在よりも高い立地で神社に上がる階段の高さは二m以上あったと思う。
 階段は、正面のほか平磯側にもありお社のすぐ脇に昇ることが出来た。
 沢メキ様へ上がるときには、殆どがこの平磯側の階段を使っていたように思う。

 境内の広さは現在の半分ほどで、お社も大分うらぶれていた。
 境内は篠竹で覆われコンクリートで舗装された幅五十cm程度の参道と、
 お社の周り以外は足の踏み入れる余地もなく、
 篠竹の藪の中にあった手水舎や狛犬などは、其の姿をよく覚えていないほどだ。
 ただ、少し変わった狛犬だったと記憶していて、
 溶岩のような赤褐色の石で岩場を表現して、別の石で狛犬本体を造っていた。
 <狛犬があったという事は、ザァーメキさまが、必ずしも稲荷神社である必然性が無かったことの根拠である>

 そんな場所だから子供たちの絶好の遊び場になり、「肥後之守」を持って篠竹をきり
 弓矢を作っては、納められた達磨を的にしていたのである。
 また、当然のように「隠れ家」、「基地」を篠竹の中につくり、中には海岸で拾ってきた物等を並べていた。
 
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沢メキ稲荷 俗称 <ザァーメキさま>
創建 文化年中(1804-1817)
祭神 倉稲魂命うがのみたまのみこと
祭祀 初午祭;2月初午の日  田植祭;6月12日 例 祭;11月15日
神徳 元来、稲作の神であったが「衣食住の大祖、万民豊楽の神霊」となり、漁業関係者にも大きな御利益をもたらすものとして崇敬された。
住所 茨城県ひたちなか市殿山町2-13-13
特記 平磯町の神社として記載していますが、実際には那珂湊地区に区分されています。しかし平磯の住人の多くが平磯の神社と認識していますのでここに加えました。